中国ニュース深読み~中国国産アニメ人気が見過ごせない理由
いま、中国で空前の人気を集めているアニメ映画がある。中国の神話を題材にしたファンタジー3D映画だが、その人気は「中国アニメ産業の隆盛の兆し」とまで言われている。
なかなか大ヒットを生み出せなかった中国のアニメ産業だが、この作品は一体何が違い、消費者を引き付けたのだろうか?
その人気のツボを探っていくと、徐々に現代中国社会における若者たちの葛藤が見えてきた。
今回人気になったアニメとは~中国古典の人気キャラ
今回、中国で人気になった作品は『哪吒之魔童降世』。中国の伝説に登場する「哪吒(なた、なたく)」を主人公とした物語だ。
その興行収入は上映開始から10日程度10億元を突破。8月15日までで37.69億元に達し、中国で上演された歴代の映画でも4位の成績に付けている。
4位とは言え、3位の『アベンジャーズ/エンドゲーム』の中国での興行成績が42.40億元であり、その差は小さい。さらに『哪吒之魔童降世』はその人気によって上映が9月26日まで延長されたことが発表されるなど、「歴代1位は確実」とみられている。
主人公である哪吒は『封神演義』(週刊少年ジャンプでマンガ化された)や『西遊記』(日本では堺正章&夏目雅子のドラマが有名)といった、日本でも知られた中国古典に登場する子供の姿をした神様。
『封神演義』では生まれてすぐに父親の李靖を殺そうとしたり、竜宮で大暴れしたりするが、『西遊記』では父の李靖とともに天界に刃向かった孫悟空を討伐に向かい、三面六臂の姿で大立ち回りを演じるなど、活躍のシーンも数多くある。
こうした理由から日本でも知られた中国の神様であり、地元中国でも人気が高い。
本作では魔王の転生として生まれながら、正義の心を併せ持った少年であり、その出生から周りから冷たい目を受けながら、厳格ながら暖かな父・李靖や常に哪吒を想いながらその心を伝えられない母・殷夫人との親子の葛藤も経験しながら、「自分の運命にあがらう」、というストーリーだ。
若者たちが抱えてきた葛藤を見事に打ち抜いた
同作品、なぜここまで中国消費者に刺さったのかが気になるところ。
Weiboや小紅書(RED)、豆瓣などの同作品に関するクチコミを見てみると、その多くが若者(書きこまれている内容などから見ると20代~30代前半)であるように見られる。
こうした人気の背景にあるのは、中国の若者たちが「避けられぬ運命」の前で悩んでいるからである。
もちろん、日本でも同様のメッセージを訴える作品はドラマ、アニメ・漫画、映画など、非常に多い。しかしこれだけ大きな反響を得ることは少ない。
現在、一般の中国の若者が置かれている境遇は、日本人のそれとは異なるということに注意が必要だ。
実は中国では「優秀な人間でいる」ことを、子どものころから周囲から決められている。
さらにその「優秀」という言葉時代に現代中国社会の通念という定義がされておりテストの点数、大学の学歴、年収、職位、不動産の有無など、常に点数がつけられている(ただ、それらをも上回るジョーカーが「家庭環境」という切り札だが、それはごく一部の若者にしか与えられていない)。
そのそれぞれの評価に合格できない場合は、いわゆる「落ちこぼれ」なのであり、さらにそれに挑むことしか選択肢がないケースが多い。そして、なかでも「一番」でいることを求められるケースが非常に多い。
もちろん親も、子どもを自分たちが考える「優秀さ」の中に収めるため、必死になって子供を教育する。宿題には付きっ切りで深夜まで。テストの成績に一喜一憂し、そしてピアノなどの習い事に心を砕く。
そんな社会で提供されるドラマや映画などでも、当たり前のように「困難に向かい合い、そして打ち勝つ」ことが大きく打ち出されることが多く、現在ある道を進み続けることが正しく、大前提でストーリーが展開される。
日本では若者がそれぞれ異なる夢を追いかけることが許されているが、中国ではそうした「夢の範囲」も極めて狭く、与えられるプレッシャーは日本の一般的なそれの比ではないのだ。
それに対し、このアニメのメインテーマとなっているのは「与えられた運命に逆らい、自分の運命を自分で決める」。与えられた環境、設定された道がどうあろうとも、最後に決めるのは自分、というメッセージが発信される。
周りが決めた運命を黙って受け入れることを求められてきた中国の若者たちからすれば「その通り!」と叫びたくなるメッセージだったのだろう。
国産アニメ台頭が与える市場変化?
これまで「アニメと言えば日本」と言われてきたが、今回の中国国産アニメ『哪吒之魔童降世』はまさに、アニメの最大消費層である中国の若者層を打ち抜いた。
中国SNS上でも「中国がここまでのアニメを作れるなんて!」といった感動の声
純粋にアニメ産業だけにとどまって考えてはならない。
現在、中国の若者向けのアプローチ方法として、中国でアニメーションIPを活用する、というものが展開されている。
これまではそこで人気であったのは、中国でも知名度の高くファンの多い日本のアニメであった。
特に中国企業ではその活用に早くから着手し、「ちびまる子ちゃん」などを正式のライセンスを取得して商品パッケージなどに活用、売り上げを大きく伸ばしたケースもある。
しかし、こうした良質(中国消費者に深く受け入れられるという意味において)な中国国産アニメの登場は、少しずつ中国におけるIP活用市場の市場構成を変化させるのではないか?ということである。
こうした中国国産アニメのヒット作登場は、まず中国企業がそのIP活用に動き出すだろう。
日本企業は、中国市場における自国IPの活用ですら後れを取っている手前、素早く動き出すことは考えにくい。
そうなると、やはり中国企業の方がIPを活用して中国市場での活動を有利に進めることになりはしないだろうか。
そもそも、今回のような中国消費者の社会、生活に密着したメッセージは、やはり中国のアニメ制作会社の方が作りやすいため、国内企業同士で話も早く進み、中国企業がIPの使用権を得やすい環境にある。
それに対抗するためには、「アニメ大国」のプライドをかけて日本の企業も日本IPをもって臨みたいところであるが、そのためにはより中国の消費者に刺さるメッセージ性を持った作品を探し出し、見方に付ける必要がある。
そして同時に、中国に人気の日本IPを効果的に活用するには、その作品が、何故、どこがポイントになって人気になったのかという、中国消費者が自覚していない奥深くの部分にまで入り込んで把握していかなければならない。
しかし現状は、日本でも「中国では日本のアニメが人気らしい」という漠然とした認識はあるが、そのIPが誰にどのように刺さっているのか、その人気から見える中国消費者の心理すら考えられていない企業がほとんどである。
このままでは、日本の企業は中国市場において中国の人気IPを活用できず、同時に日本の人気IPも活用しきれない。気が付いたら中国の消費者の視線には中国企業の姿が大きくなっていく。
数年後には、そんな展開が広がっていくのではなかろうか。
たかがアニメ、されどアニメ。
その奥底には中国消費者の心の声が埋まっている。
ゆめゆめ侮るなかれ。